60歳代のシニアは睡眠を何時間ぐらい取っているのだろうか。年寄りになると睡眠時間が短くなると聞いているのだが、60歳代のシニアの最適睡眠時間があるのだろうか。
そんな疑問を抱いている。
私は、いつも夜の11時頃ベッドに入って翌朝7時頃に起きる生活をしている。ベッドに居る時間が8時間ぐらいになる。目が覚める時は必ずトイレに行く時だけだ。水分を取りすぎると夜2回も起きる。その度に熟睡が妨害されたという感じを覚える。
60歳代のシニアは睡眠を何時間ぐらい取っているのだろうか。年寄りになると睡眠時間が短くなると聞いているのだが、60歳代のシニアの最適睡眠時間があるのだろうか。
そんな疑問を抱いている。
私は、いつも夜の11時頃ベッドに入って翌朝7時頃に起きる生活をしている。ベッドに居る時間が8時間ぐらいになる。目が覚める時は必ずトイレに行く時だけだ。水分を取りすぎると夜2回も起きる。その度に熟睡が妨害されたという感じを覚える。
65歳のシニアは人生に迷い始める。今までに経験した事が無い世界に置かれるからだ。通い慣れた会社から、「もう、きみは会社を卒業したんだから一人で生きて行きなさい。そのために退職金と第二のキャリア研修を提供したのだから。自分で自分の世界を開拓しなさい。」と言われたからだ。
組織にぶら下がって保護された世界で生活を長く送ってきただけに組織から放り出されると自分に自信が持てない。こんな65歳のシニアが多い。会社でどんなに実力があり、役職についていても一人では何にも出来ないという現実に直面する。本当に実力がある人は起業して会社の社長をやっているはず。
今までの会社生活で刷り込まれた人生観が会社を卒業するときに崩壊する。会社を中心に人生を考えていた生活から自分を中心に人生を考える変化についていけていないシニアがほとんどである。会社生活中心のモメンタムがまた会社に再就職するという活動につながるのだが、社会は冷たい。再就職ができない年齢になっていることに気がつく。会社で部長であったから次の職場もすぐに決まると思っていても現実を思い知らされる。
自分の人生の考え方を変える時が来ている。会社組織に頼らない、自分の能力とスキル、そして新しいことへの挑戦で第二の人生を切り開くしかない。過去の勲章を捨てて、一からこれからの人生を開拓する。
人生の楽しさは「自分がいかに主体的に動いているか」にかかっている。お金がたくさんあっても人生に迷い楽しくない時間を過ごしている人が多い。
老いて来ると若い頃よりもお金を使う用途が少なくなる。自分が何を人生に求めているかが分からなくなる。私の頭の中で「食べていければ必要以上のお金はいらない。」という言葉が響いている。物欲があまりない。有っても1万円前後で買えるものが多い。
こんな精神状態になると「お金がないと人生を楽しめない」言う言葉が嘘に聞こえてくる。人それぞれの人生であるので感じ方は違う。金銭欲が強すぎると詐欺に騙されやすい。儲かるという話に乗りやすく騙される。儲かるといううまい話は他人には話さないのが当たり前なのに強欲で騙される。

カネゴンといえば、あの独特な「火星のコイン怪獣」。
お腹のレジスターで常に食べた硬貨の額を計算していて、お金を食べ続けないと死んでしまうという。
老人ホームに入ってからでは人生を楽しむために貯めたお金が使えなくなる。豪華な老人ホームに入居できれば幸せか。私はそう思わない。老化で肉体が不自由ななればどこにいても不自由な生活になる。
元気なうちにお金に頼らない人生の楽しみ方を見つける努力をすべきである。結局は自分が主体的に行動するしか道はない。
70歳からの10年間は余生の中で一番重要の期間になる。老化による悪影響が強く肉体に出やすくなる。筋肉の衰えが足に来て階段を避けエスカレーターやエレベーターを使い始める。自分の足で歩ける自由がこの先の10年間で悪い方向に向かう。
生活習慣病で大病になり他界する人も出てくる。健康な体を維持てきているうちに残り少ない人生という時間を楽しみたいと思うのは私だけではない。
70歳を境に仕事や組織を離れたシニア男性は新しい生活習慣を身に着けて最後の貴重な10年間を楽しむべきである。私の生活習慣が参考になれば幸いである。
60歳代で働いていない生活を始めると自宅以外に自分の居場所を見つけなくてはならない。シニアの居場所探しは、定年退職後に直面する問題である。65歳を過ぎると年金だけで生活をするシニアが大半になる。毎日が日曜日の生活が続くが、あまり余る時間を使う場所が見つからない高齢者が多い。
ブラブラしている老人たちを羨ましがる会社員がいると思うが、老人たちは決して幸せではない。好きで街中をブラブラしているのではないからだ。やることがない、見つからない老人だからである。人によっては自分の時間を社会に恩返しする意味合いでボランティア活動をしている。そのような思考や意欲がないシニアは人生という川の流れに任せて暇を潰している。
毎日が日曜日の老人は自宅にいられない。妻が嫌がる。外に居場所を見つけなければならない。多くの高齢者は街中散策をする。人通りを楽しみながら、街中の変化を肌で感じ合う。街中散策そのものがシニアの居場所になるかもしれない。特定のエイリアに身を置くことで街中から発信される刺激を楽しんでいる。
新しいお店や施設ができたら、その場所に行ってどんなお店か、どんな施設かを探ることも面白い。